極限の世界では、
今日を生き延びることに迷いがない。
何を食べるか。
どこへ向かうか。
誰と行動するか。
すべての選択に、
ちゃんと理由がある。
一方で、
平和な日常を生きる俺たちはどうだろう。
「人生設計」
なんて言葉はある。
でも、
どうにも緊急性がない。
そのうち考えよう。
落ち着いたらやろう。
もう少し準備ができてから。
そうしているうちに、
普通に一年くらい経つ。
では、
「生存戦略」
と言い換えたらどうだろう。
ずいぶん物騒になった。
でも、
本質はそんなに変わらない気がする。
どこで生きるのか。
誰と生きるのか。
何を武器にするのか。
何を守るのか。
そして、
どこへ向かうのか。
危険が迫っていれば、
人は嫌でも考える。
でも、
一番難しいのは、
何も迫ってこないときだ。
平和だからこそ、
漫然と生きることができてしまう。
明日も今日の続きがあるという前提で。
たぶん、
この時代の生存戦略は、
何かから逃げ切ることじゃない。
自分で行き先を決めること。
「生きている」と、
「生きようとしている」は、
少し違う。
人生設計は、
いまだに未完成で迷走している。
「人生設計」だと、
まだどこか余裕がある。
「生存戦略」
そう呼ぶことにした。
少しは本気になれ、俺。