『束縛』

『束縛』

「束縛する人は嫌」

そんな話をよく聞く。

連絡を求められる。

予定を聞かれる。

誰といるのか気にされる。

確かに、
度を越えれば窮屈だ。

みんな自由でいたい。

でも不思議なもので、
完全に自由にされると、

「私に興味ないの?」

なんて話になったりする。

束縛は嫌。

でも、
無関心はもっと嫌。

人間というのは、
なかなか注文が多い。

もしかすると、
束縛そのものが嫌なのではなく、

「自分で選べないこと」

が嫌なのかもしれない。

そもそも、
自由とは何だろう。

何にも縛られていないことなのか。

でも、
何もない場所に一人で立たされたとき、
人は本当に自由を感じるんだろうか。

仕事があるから、
休日が嬉しい。

時間が限られているから、
好きなことをする時間が特別になる。

誰かに求められているから、
一人になる時間が心地いい。

自由とは、
束縛がないことじゃない。

存在する束縛の外へ、
自分の意思で出られること。

だから、
自由を感じるためには、
皮肉にも何かに縛られている必要がある。

束縛と自由。

正反対のようで、
案外、
お互いがいないと成立しない。

「束縛されたくない」

そう言えるのも、
束縛される何かがあるからなのかもしれない。

何にも縛られず、
何にも求められず、
何にも属さない。

それはそれで、
少し寂しい気もする。

人間、
自由になりたいくせに、
なかなか面倒な生き物だ。