こんばんは。パソコンが逝きました。
入店して一年五か月が経ちました。嬉しいことに一年半もすぐそこまで見えています。昨夜は某実業家の生配信で局部が見えてしまう事件が発生しましたから、見えないほうがよいものもあります。面白かったけどね。
さて、一年前の僕には何が見えていたのでしょう。
~~
>自我。このお仕事を続ける上で、なかなか扱いに困るものです。それを個性と置き換えるならもちろん必要不可欠な要素ではありますが、随所で「通す/通さない」の判断に迫られます。これが難しいと思うのです。
>慣れてくるとその判断が麻痺してきたりもして、通すのツマミをひねりすぎてしまうことがあります。加減の問題だけならまだしも、そもそもひねってよい状況だったのかどうかさえ分からないことだってあります。
(2025.09.15『五か月』より)
~~
ここでの自我とは日常語の「我(が)」とほぼ同義で、本音や欲求、嗜好や価値観などの自分の内面を表に出そうとする働きのことを指しています。つまり、自分自身をどこまで出してよいかという線引きのお話です。
カメラマンに「自然体で」と指示されてそう振る舞うのが難しいように、許可・要求されたからといって自在に出せるものではなく、それでいて出すべきではない場面で勝手に溢れてしまったりする、厄介なものです。
これに関しては今も変わらず思っていますね。皆川律という「個」は見せないといけないけれど、その「我」はある程度制御しないといけない。でもそれを調整するツマミの触り方がなかなか難しくて……という悩み。
イイ感じにチューンできた!と思えた日はまだなくて、反省会を開くと必ず「もっと(個を)出せた」か「ちょっと(我が)出すぎた」のどちらかに着地します。理想のチューンド皆川が現れたらぜひ教えてください。
〜〜
正解が分からぬまま過去問が増えていく!
FIRST CLASS 皆川 律