三日目。ヤバかった。
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終日休み! ということで家でまったり堪能できた。現地は二日目から天気が悪く、雨のステージも多かった。僕もいつかはフジロックに行こうと思っているが、各種ハプニングに慌てふためく姿が容易に想像できる。
レポも最終日だ。ただの書きなぐりを公開する後ろめたさと良い音楽を共有したい衝動の狭間で思うのは、この世界で「善い」と言い切れる確かなものの一つは音楽であるということ。書く動機はそれで十分だろう。
◆Us @RED
アス。ガレージロックバンドの新星で、二年前のフジに出た時のSpotifyフォロワー数は4千人。今が2.1万人。全然納得いかない(もっと増えて)。それはそうとミッシェルのCISCOをやってくれて本当にありがとう。
◆んoon @HEAVEN
「Green」の「誰も弾けない楽器のような…」から成る一節は、型にとらわれない彼らの音楽性をよく表している。ヘブンの自由な空気にもよく合う。映像だとハープへのアタックが激しいことがわかり面白かった。
◆浅井健一 @RED
アスの後にベンジー持ってきたの、運営やってんね! ベスト盤とも言えるようなセトリで、ブランキー再結成しろよと思った。ソロ名義だと「危険すぎる」が好き。「でさぁ」で始まる曲は世界でこれだけだから。
◆KNEECAP @GREEN
個人的三日目ベストアクトその1。アイルランド語と北アイルランド訛りの英語が飛び交うアイリッシュラップ、はちゃめちゃにカッコいい。トラック自体は目新しいものではないんだけど(メイカーがフロントの二人より世代が上というのが大きいんだと思うけど)、ラップが際立つ音作りと機能的なグルーヴに美学を感じる。90~00年代の質感を借用しつつも、ミックスはクリアで空間処理が現代的だから悪い意味の古臭さを感じることはまったくない。そしてこのトリオ、ライブ巧者すぎる。フロアを爆発させるどころかフロアに爆弾を作っている。「FENIAN」は僕も立ち上がって一緒に「F・E・F・E・F・E・F・E・A! I・A・N!」と手を掲げてしまったし、トリに「THE RECAP」をやるのはシビれた。ニーキャップがどういう存在なのか我々に刻むには十分すぎる総括(recap)だった。フリー・パレスチナ。
◆Sofia Isella @WHITE
the cabsと丸被りですごく悩んだけど、彼女へ。撮影監督の父と作家の母を持つらしく、さもありなんというようなアーティスティックかつ張り詰めたパフォーマンスだった。フジに出た翌日に体調を崩したらしい。
◆Geordie Greep @WHITE
個人的三日目ベストアクトその2。ブラック・ミディを事実上解散したあと、ソロ・キャリアで初めてリリースした『The New Sound』は2024年のベストアルバムに挙げる人も少なくない。年間で三枚挙げろと言われたら僕も確実に入れると思う。技巧的、エクレクティック(ジャンル融合)、変拍子の多用といった特徴はそのままに、ブラック・ミディ後期に感じられた中南米色がより濃くなった。さらに言えばジョーディーの神経質そうなボーカルが随所で切り込まれる。ようするに彼のやりたいようにやれている。で、ジョーディーは公演ごとにセッションメンバーを変えるスタイルで、今回はサックスに松丸契(先日の「FFF」でニアミスしたのが悔やまれる)、キーボードには気鋭のピアニスト梅井美咲、ドラムはyahyelの大井一彌、ギターは小金丸慧と、間違いなく次世代を担うであろう若きセッションプレイヤーたちを迎え入れた。そんな日本の精鋭たちを、ジョーディーが試す、試す。即興で、身振り手振りを交えて指示をする。表現なのか指示なのかも分からないくらいスリリングなアドリブが連続する「Blues」はすさまじかった。もはや客には背を向け、お前たちならいけるよな?とでも言うようにそれぞれの奏者と向き合う。なんとか食らいついていく彼らにはもちろん相応の負担(特にドラム)があっただろうが、苦悶の表情を浮かべながらも、与えられるミッションを一つずつこなしていくことへの快感、この瞬間にしか味わえない一体感も強くあったに違いない。途中から「ジョーディーって、極限まで無茶を振って、最終的にその負荷に耐えられずに壊れた楽器を見て、それでようやく満足しそう」と思った。とにかく全員変態すぎた。また変態しに来てください。
◆Angine de Poitrine @HEAVEN
個人的三日目ベストアクトその3。ベストが何個もあって本当にすみません。三日目ヤバすぎるんだもの……。アンジーヌ・ド・ポワトリーヌ(以下アンポワ)はカナダ出身のデュオで、現在333歳の宇宙人。13歳くらいの頃からの付き合いらしいから300年以上はバンド活動を続けていることになる。なかよしだね。これだけで少しでも興味を持った変態はまずこちらを見てもらいたい。すぐに「不協和的」な音が耳に飛び込んでくると思う。その正体は「微分音」と呼ばれるもので、それを可能にしているのがクン(左にいる変態)の持つ「微分音ギター&ベース」。1オクターブに12音が通常のところ、この変態楽器では24音になる。ドとレの距離は2半音、ドとド♯の距離は半音となるが、その間をさらに半分に割ったものは微分音の中でも「四分音」という。つまり、ド~(四分音)~ド♯~(四分音)~レという音程になる。なんでそんな気持ち悪いことをするの?と思うかもしれない。でも、西洋音楽(いわゆるクラシックに代表されるような、12平均律を用いた音楽)のほうが実は異分子だったりする。各地の民族的な音楽とそれを代表する楽器、たとえばインドのシタール、アラブ圏のウード、中国の二胡、それから日本の尺八などはそれにあたり、もともと世界は12平均律に縛られない自由な音律を扱っていたことがわかる。アンポワは初め、トルコのサズという民族楽器から影響を受けていたそうだから、アラビックな音へ惹かれた部分があったのだと思う。ただ、異国文化を想起させる音楽ならすでにたくさんある。アンポワの特異性は、微分音のみに頼らず不協和音を煮詰め、よりプログレッシブに、より現代音楽的なアプローチをもって、それを「ノれる」ロックサウンドに昇華している点にある(ひとまず「Fabienk」を聴いてみてほしい。宇宙発としか思えない音像をしているから)。また、それを支えているのがクレック(右にいる変態)のドラムであることは言っておかねばならない。隣の怪人の魔改造ダブルネックギター(ベース)と妙なフレーズにばかり気を持っていかれがちだが、それは彼の打つ精密でタイトなグルーヴがあってこそ成立している。複雑なビート(緊張)とシンプルなビート(緩和)、その往来が本当に楽しい。僕たちは彼のドラムによって踊れているし、踊らされてもいる。そうだ、「Sarniezz」をやってくれて歓喜した。宇宙人の交信音のような、微分音の坂を転がり落ちていくリフの疾走感がたまらない。「Sherpa」で締めたのもカッコいい。この三日間を通して一番ライブに行きたいと思ったのはぶっちぎりで彼らだ。ちなみに、裏では平沢進+会人が広大なグリーンステージを爆音で揺らしていた。ジョディグリ、アンポワ、ヒラサワと、変態たちが支配する至高の時間帯だった。
◆Tempalay @WHITE
かなり攻めたセトリだった。焦らされていたともいえるか。一時期のSuchmosを思い出した。でも、最後の最後で「そなちね」をかましてくれたのは夏を感じた。以前に見た時より歌が上手くなっている気がする。
◆Massive Attack @GREEN
個人的三日目ベストア(略)。この日のマッシブを語らないでいることは不可能だ。永く語り継がれると思う。もともと配信のタイムテーブルにはクレジットされていなかったが、「配信で流すなら、映像も音楽も完全ノーカットで」という条件をフジロック運営が呑み、それが実現された。普通であれば検閲(そして削除)が免れない、アメリカ・イスラエルを筆頭とする各国の政権批判、過度に発達したIT技術、そしてそのアルゴリズムを能天気に受け入れる現代人への風刺、をドキュメンタリー映像をコラージュした字幕つきのVJに編集し、それらがグリーンステージの巨大モニターに次々と映し出される。音楽に政治的・社会的な主張が乗っているのではなく、すべてが一体だった。そもそもマッシブがライブを配信するのはこれが初めてのことだったから(噂では聞いていたけれど)、音源とはまったく違った景色がそこにはあった。こんなヘッドライナーは見たことがない。フジロック最終日、冷たい雨が降りしきるなかでこれを敢行する行為性にただ震える。シンガーとして呼ばれたエリザベス・フレイザーの透き通った歌声が、かえって残酷さを引き立たせている。無自覚に社会のシステムを生き、そこで必然的に生まれるひずみから目を背ける我々を、天上から糾弾してくるようだった。そんなものを見せられて、と思うかもしれないが、先に書いた通り「すべてが一体」だった。メッセージをノイズに感じることはまったくなかった。トリップホップの代名詞である彼らの音楽性は、まさにこのためにあったのかと思えるほど今回の舞台演出とマッチする。夜間の散歩のようなビートで、会場を漆黒に包み込む。それも音量規制のない最大級の爆音で、だ。僕は「Angel」~「Safe From Harm」のくだりでどうにかなりそうだった(あまりに気持ちよくて)。上質に設えられたサウンドとグロテスクな現実を容赦なく突きつけた挙句、最後を「Teardrop」で締めくくる。フレイザーのソプラノボーカルが”Love, love is a verb" "Love is a doing word"と語りかけてくる。赦しだと思った。というか、別に彼らはこちらを咎めたいわけではないだろう。そんなアーティストはどこにもいない。平和な地で、僕が勝手に食らっているだけだ。勝手に食らい、勝手に救済されようとしている。だけど、音楽には少なくとも人の心を動かす力がある。フジロックが開幕する前に行ったシトラス・サンの公演(こちらも後でレポを書く)でも同じようなことを感じた。会場にいたおよそ4万人の観客と、配信を見た無数の視聴者のそれぞれがただただ「すごいものを見た」と思い、その感情の解体に向かったことだろう。どこで何を見て、何を感じても、結局人はみな生活に戻る。個人の心が動いたからといって残酷な世界が変わるわけではないが、自分の持つ道徳を更新させてくれる体験というのは、きわめて尊く意義のあるものだと思う。だから僕は、この日のマッシブ・アタックのパフォーマンスを、メッセージを、アプローチを、一生忘れない。
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めっちゃ疲れた。やりきった。
FIRST CLASS 皆川 律