どんな場所にいても、
その場に合わせて繕う自分と、
本当の自分のようなものが、
きっと誰の中にもあるのだと思います。
自分を出すということは、
ときに見たくない部分でもあり、
ときに情けないものでもあります。
だからこそ、
そういう部分が見えたときに、
自分で自分にがっかりしてしまうこともあります。
でも、本当はそういう未完成さも含めて、
その人自身なのかもしれません。
きれいに整った部分だけではなく、
不器用さや弱さのようなものも抱えながら、
少しずつ自分を知っていく。
そういう過程があるからこそ、
人は人として深くなっていくのかもしれません。
たった一度の時間であっても、
長く重ねた時間であっても、
そのときの自分と、ちゃんと向き合える時間を
大切にしたい。
そんなことを、改めて思いました。