こんばんは。連続投稿六日目。
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架空のバンドを考え、その設定(メンバーや音楽性など)をChatGPTに吹き込み、Wikipediaの項目風にライティングさせる、という遊びにハマっている。妄想に付き合ってくれる相方としてAIはうってつけだ。
ここにインタビューやライブの映像資料を付け足すことができれば記録らしさが補強され、一つのモキュメンタリー作品が成立する。ただの虚構はリアリティを帯び、本当にあるかもしれないと真偽を揺さぶる。
この手法を用いたホラー作品は「モキュメンタリー・ホラー」と呼ばれ、根強い人気を誇る。古くは『ブレア・ウィッチ・プロジェクト』、近年の邦画では『近畿地方のある場所について』などがそれにあたる。
モキュメンタリー・ホラーの多くはファウンド・フッテージ(出処が曖昧な記録)が出てくる。そこには心霊現象が収められていることもあれば、不気味な人物や風景の記録、昔のホームビデオなどさまざまだ。
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地上波から心霊番組が減った要因はいくつか考えられるが、受け手側のリテラシーが上がったのは致命的だった。誰でもそれらしい画像や映像を作れる時代では、加工を念頭に視線が注がれてしまうからだ。
この頃の心霊ディレクターたちが培った編集技術は、発揮される場を一時的に失った。何をどうしても「本物かどうか」ではなく「どう作ったか」という読まれ方をしてしまっては、あまりにやりようがない。
ところが、モキュメンタリー・ホラーの流行により再び日の目を浴びることになる。作品内で提示される心霊資料は、虚構の中でいかに存在感を放つかというアート的な見方をされ、信憑性は焦点にされない。
初めに虚構が了解されているからこそ、表現としての強度が求められる。「本物」ではなく「それっぽさ」が評価軸となる。こうしたメタ的な楽しみ方が一般に浸透してきたのは興味深いことだと思っている。
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ガマランド観てきます。
FIRST CLASS 皆川 律