カーテン攻防戦【再】

カーテン攻防戦【再】

まず最初に伝えたいのは
私は高速バスが大の苦手だ
 
 
もう乗ることもないと思っていたが
乗らなければならない時だってある
 
そんなある日の夜の話
 
 
出張で地方まで出向いていた私は
 
"かくかくしかじか"な状況から
 
高速バスでの帰路を選ばざるを得なかった
 
 
だが私は高速バスに
良い記憶を持ち合わせてはいない
 
 
①壊れた冷房で怒号が飛び交う車内
 
②座席を倒され過ぎて身動きできない8時間
 
③爆音過ぎる音漏れが謎の民族音楽
 
 
もちろんここには書ききれない、
いびきやら、足の臭いやら、
ぽてちパリポリパリポリパリポリリ…
 
 
さて、今宵の宿敵はどんなヤツか
 
 
すると発車間際に駆け込む老婆が
 
パンパンのリュックを2つ背負い、
完全に"ON"で吐き出される「一息」と、
「トイレトイレっと……」
 
 
間違いない、今宵の宿敵はこの老婆だ
 
 
トイレに行けないリスクを考慮し
私は三列座席タイプのバスを選び
中の列を予約していた
 
左右二席ずつの四列タイプのバスで
窓側に座ってしまっては
お漏らしは起こりうるのだ
 
 
しかし三列座席では右も左も通路なので
いつだって脱出可能だ
 
なんなら本日左右の席は空席だ
 
 
23時頃発車ということもあり、
他の座席はカーテンを閉めていた
 
 
バスが発車し、安心感に満たされた
 
 
……と思ったら、
右側の空席にトイレから出てきた老婆が座った
 
 
勢いよくCCレモンを開け、
炭酸で中身が吹き出す
 
通路にリュックを置き、
靴下を脱いではリュックにしまい、
ジップロックからお薬を出して、
ジップロックを床に落として、
 
老婆よ、
CCレモンで薬を飲むのは辞めた方がいいぞ
 
 
……ね?良く覚えているだろう?
 
だってずっとカーテン開いてんだもん!!
 
 
リラックスしたい私には
とにかく老婆が目障りだった
 
 
まったくの盲点だった
 
初めて乗車した三列座席、
カーテンは左右の座席上部に設置されており
中の列にカーテンを閉める権利がないのだ
 
 
消灯時間を迎える前の車内はぼんやり明るくも
カーテンの奥で静まり返っていた
 
ただ老婆は、
老婆だけは、
ずっとカーテンを閉めてくれねぇのだ……!
 
 
 
 
ターミナル駅を出て10分ほど
 
小さな駅でバスは止まり
数人を乗せてまたバスは動き出した
 
 
左側の座席にも客が座り、
荷物を棚に上げて、
カーテンを閉めた
 
 
ほら老婆よ、見てくれ!
カーテンは閉るもんなんだぞ!
 
トイレに行く時も見ただろう?
全員カーテンを閉めてるんだ!
 
 
……そんな心の声が届くワケもない
 
なんなら私の心の中ではもう老婆ではなく、
ババアと呼んでしまっている
 
世の中のレディ達よ
すまんが今だけはババアと呼ばせてくれ!
 
 
そんな老婆は帽子を被っては脱ぎ、
ブランケットをかけてはどかし、
ずっと安定の体勢を探している
 
 
反面、私の心は不安定でいっぱいだ
 
 
バスはいくつかの交差点を曲がり、
また小さな駅で止まった
 
不安定に揺れるバス
安定に走り続ける高速道路まであとわずか
 
 
このチャンスを逃すワケにはいかない!
 
 
老婆がリュックを覗く隙を狙い、
私はカーテンの留め具を素早く外した……!
 
 
留め具が外れたカーテンは
バスの揺れとともにレール上を前後する
 
行けっ!
行けーーっ!!
 
万場券を握りしめるおじさん以上に
私は"行け!"を叫んでいるに違いない
 
 
ゴールは間近
そう、高速道路まで行けば
ブレーキによる前後の揺れはなくなるのだ
 
 
2センチ進んでは2センチ戻るを繰り返す
 
歯痒い私は揺れに合わせてついに手で押し出した
 
 
2センチ進むカーテンを5センチ前へ、
揺れ戻るカーテンを指で食い止め、
ごくナチュラルにカーテンを後押しする
 
徐々に老婆が視界から消えてゆ……
 
「シャーーッ!!」
 
瞬間、老婆が全力でカーテンを開けた
 
 
な・ん・で・やーーっ!
 
カーテンがイヤなんか!?
カーテンに気付いてなかっただけじゃないんか!?
 
 
……落ち着け!
 
そしてもう一度組み立て直す
 
少しずつ、少しずつカーテンを進、
 
「シャーーッ!!」
 
な・ん・で・やーーっ!
 
 
老婆がカーテンをたくし上げる
 
そうか、
カーテンを整えて綺麗にカーテンを閉める気か
 
いいぞ!
 
 
そしてたくし上げたカーテンは
肘掛けの奥側に巻きつけられ、
身動きができない状態となった
 
ガーン……
 
 
 
 
意気消沈した私
そして高速道路へと速度を上げるバス
 
 
……まだまだだ!
 
意気消沈してる場合ではない、
消灯時間のチャンスなのだ
 
私は知っている
高速道路以降、車内は消灯時間だ
 
消灯とともにカーテンを閉めよう
もうコソコソなんていらない
 
「消灯はカーテンを閉めるんだよ」
そんな気持ちで堂々と閉めてやればいい
 
その後は知らん!
 
 
車内アナウンスとともに鼓動が高鳴り
いよいよ消灯だ
 
私は消灯を確認し、
肘掛けに巻き付いたカーテンをひも解き、
しっかりとカーテンを閉……
 
「シャーーッ!!」
 
な・ん・で・やーーっ!
 
老婆はカーテンを再度たくし上げ、
玉結びにし始めた
 
 
丈が短くなってしまったカーテンのせいで
今まで以上に老婆が視界に入る
 
 
乗務員さん、助けて……
 
私はもう……
 
乗務員さん……?
 
そうか!
乗務員さんにSOS信号だ!
 
 
私は知っている、
サービスエリアに行けばバスは一時停車し、
運転手交代の時間だ
 
 
私はスマホを取り出し、メモ帳に
 
「隣のカーテンを閉めてください」
 
と大きいフォントで書き、
そのタイミングをじっと待った
 
 
25時過ぎ、
 
サービスエリアでバスは止まり
運転手が交代し、
乗務員が車内を確認する
 
消灯した車内で私はスマホを乗務員に向ける
 
スマホのメモに気づいた乗務員

すると乗務員は突然"音読"し始めた……!
 
「隣のカーテン……」
 
やめてくれー!!
音読ではなく、空気を読んでくれー!!
 
そう願った私の願いが届いたのか、
乗務員は声を止めた
 
その瞬間、
乗務員は私の目を見ながら
 
玉結びのカーテンを指さした
 
そして……
 
「ダメだこりゃ」
 
そんなジェスチャーをして去っていった
 
 
そんなある夜のカーテン攻防戦
私はもう二度と高速バスに乗らないと誓った
 
 
その後、
6時に目的地に到着することになるのだが
老婆は4時頃に起床
 
私の耳には老婆の"ON"のあくび、
私の目には鬼リピートのリュックの開け閉めが
今でもしっかりと焼きついている
 
 
 
おわり