こんにちは。宿題は終わりましたか。
~~
八月は長かった。あっという間だったなあという一日が多かった気がするが、月単位で振り返ると長かったと感じる。この一見すると逆説的な感覚は、体験では圧縮され、記憶では膨張するという時間の性質に基づく。
つまり、充実していたということだ。たとえ発信がひどいスランプに陥っていても、それは生活の不振を示すわけではない。毎日楽しくやれていたし体調も良かった。ゆえに反省があるとすれば日記の取り組みだけだ。
とはいえ書けないものは書けない。今こうして打ち込んでいる文章も何一つ納得がいっていない。書いているうちに筆がのってくるというようなこともない。ただただ慣性のようなものにしたがって指を動かしている。
記憶の目印はいくつもある。夏休みの宿題として絵日記が出されていたら、きっと力作になったことだろう。毎日の出来事をありのままに書いてよいというあたりまえの前提が、今になってたまらなくまぶしく見える。
実際、今日はこんなことがあったと書くまでにさまざまな検閲が入る。そんなものはもはや日記とは言えない。もっと赤裸々で生々しい、自分でも目を背けたくなるような内観が日記の醍醐味ではないか。もどかしい。
ちなみに筋トレは来月で七か月目に入る。男は三十を過ぎると筋トレにハマる、というのはおおよそ正しい。ただし僕の場合は熱中でも夢中でもなく、自尊心と健康意識に絡め取られている。いつ楽しくなるのだろう。
~~
今さらすぎる愚痴をお許しください。
FIRST CLASS 皆川 律