東日本大震災から、15年が経ちました。
今日は一日中、さまざまな報道が流れていましたが、
私はそのうちのひとつを、ただ黙って見ていました。
行方不明者は、いまも2,519人。
奥様を探すために潜水士の資格を取り、
自ら海に潜り続けている男性が紹介されていました。
その回数は、すでに750回を超えているそうです。
そこにあるのは、
「会えないままの15年」という、あまりにも静かな現実だけでした。
助かった方たちにもまた、
助かったからこその後悔や、喪失感が、
今も形を変えながら残り続けているのだと思います。
東北だけではありません。
阪神・淡路、新潟県中越、熊本、北海道胆振東部、能登半島……。
震災という言葉でまとめてしまうにはあまりにも多くの出来事が、
この国のいろんな場所で起きてきました。
画面越しに見るだけの自分が、
テレビの前でやりきれなさを抱え、涙を流したところで、
現地の誰かの今日が楽になるわけではありません。
それでも私は、こうして安全な場所で、
あの日のことを「特集番組」のひとつとして消費しているのだ、
という感覚から逃げたくはないと思っています。
知らないだけで、
毎日のように誰かの大切なものは失われていて、
心に何かを抱えたまま生きている人たちが、
きっとたくさんいるのでしょう。
何か大きなことができるわけでもない自分に、
何が残されているのかを考えると、
せめて、目の前にいる人や、
こうして関わらせてもらっているご縁に対して、
いつか振り返ったときに、
「これでよかった」と思えるほうを選んでいたい──
今は、そう感じています。