戦略恋愛:第4話

戦略恋愛:第4話

第4話
初手
 
 
元旦の朝
外の空気は澄んでいて
冬特有の静けさが心の中まで染み込んでくる
 
昨日までのざわつきが嘘みたいに
胸の奥が落ち着いていた
代わりにひとつだけ
小さくて確かな衝動がある
 
“動きたい”、それだけ
 
 
スマホを開く
彼のアカウントは静か
投稿もストーリーも
年末の挨拶を最後に更新されていない
 
AI代行が動いていないということは
おそらく本人が休んでいるのだろう
 
あるいは流行りのアカウント凍結か
 
でもその静けさが
逆に都合がよかった
 
 
昨夜
眠れずに考えて
ようやく気づいたことがある
 
あたしはずっと
“読まれる側”にいると思っていた
 
彼が先手を打ち、あたしが受ける
その構図に慣れすぎていた
 
でも
あたしにも先手はある
 
あたしが動けば
盤面は変わる
動かないから
ただ“詰んでる気がする”だけ
 
 
おそるおそる
予約ページを開く
 
 
……空いてる
1枠だけ、ぽつんと
 
昨日まで満枠だったのに
理由は分からない
 
キャンセルか時間調整か
単なる偶然か
 
でもその一枠は
静かにあたしを見ているようで
胸が少しだけ熱くなる
 
これは恋か
戦略の続きか
答えはまだ分からない
 
ただこのまま動かずにいたら
きっと後悔する
 
“外注”なんて言い訳をかぶせても
心が揺れたのは事実で
揺れたまま放置するのは
あたしの性格的に一番ストレスになる
 
 
深呼吸して
画面の“予約する”を押す
 
ラグのない淡々とした処理音が響く
 
 
"ご予約完了"
 
 
その文字を見た瞬間
胸の奥が一気に温かくなる
 
これは恋じゃない
戦略の初手
そう思ったら急に軽くなる
 
あたしは動いた
ただそれだけのこと
 
 
お昼を過ぎた頃、街へ向かう
年始の人通りは落ち着いていて
冷たい風が心地よい
 
約束の場所へ向かう途中
信号待ちの横断歩道で
感覚が薄れつつある冷たい指先が
わずかに緊張していることに気づく
 
あたし、こんなに気にしてたんだ
 
 
自己分析を始めると
急に恥ずかしくて笑ってしまう
 
恋を外注していたはずの女が
年始の一枠のことで緊張するなんて
どういうこと?
 
 
待ち合わせ場所に着く
まだ時間が早い
人が少なく冬の光が淡く反射している
 
数分後
足音がする
顔を上げる
 
彼は相変わらず静かで
冬の景色に溶け込むように立っていた
 
表情は柔らかく、余計な言葉はない
彼らしい距離感
 
あたしは軽く会釈をし、歩き始める
 
 
横に並んだ瞬間
ふと歩幅の合わせ方が
以前と何も変わっていなくて
その自然さがあたしの思考を一瞬だけ止めた
 
沈黙のまま歩く
でもその沈黙は重くない
むしろ、ほんの少し懐かしい
 
脳が勝手に回想を始める
 
 
“歩幅って、一緒に歩く時の
 一番分かりやすい手がかりだよね”
 
 
彼が昔そう言っていた気がする
 
その言葉が今日の空気と重なって
胸の奥が温かくなる
 
 
信号で立ち止まった時
ふいに指先が動いた
 
あたしの中の“戦略脳”が
ゆっくりと答えを導き出す
 
歩幅が合うなら
次の一手は彼の懐に飛び込む一手
 
 
信号が青に変わる
 
あたしは深呼吸をして
彼の横顔をちらりと見て
 
そっと”手”を掴んだ
 
触れたというより
触れられたというより
自然にそこに手があった
 
一瞬だけ胸が跳ねる
でもその跳ね方は嫌じゃなかった
 
もしかしたら
誘導された一手なのかもしれない
 
でもそんなことはもうどうでも良くて
今年はきっと楽しい一年になる
そんな予感がする一手だった
 
 
恋か、戦略か
まだ決めない
決めなくていい
 
ただ
“動いた”ことだけが事実で
その事実が初手になった
 
今年の初手
それは思っていたより
ずっと温かかった
 
 
 
 
おわり
 
 
 
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