第2話
サイコーの恋
年末が近づくほど
街の色は派手になっていくのに
あたしの心は逆に落ち着かないまま
静かにざわついていた
翌日
仕事の買い出しで中心街を歩いていると
道ゆく人の声
音楽
広告
そのどれもが
なぜか昨日の“彼の気配”を呼び起こす
街のざわめきがひとつひとつ
意味を持って迫ってくるような感覚
ショーウィンドウに
大きく貼られたコピーが目に入った
“今年の終わりに 最高の一手を”
言葉が多重に響く
意味が重なるたび
胸の奥が少しだけくすぐられた
思わず笑ってしまう
これは偶然じゃない
あたしが勝手に読み取っているだけ
あたしの脳が“サイコー”を
最高
再考
再攻
と勝手に変換してからかってくる
最高の恋?
いやいや、恋じゃない
外注だったじゃん
再考する恋?
考え直す必要はない
そこに時間を費やす余裕なんてない
再攻の恋?
攻めるって何?
あたしは勝ち負け含めて戦局を買ってるの
そう言い聞かせながら
胸の奥にすこしだけ温かい気泡が残る
街角のカフェに入ると
スピーカーから懐かしいジャズが流れ始めた
以前、彼と会った帰り道
彼が教えてくれたCMの裏で流れるBGM
ミュージカルの有名なナンバーだって
“この曲
恋は流れじゃなくて
設計だって教えてくれるよね”
そんな風に彼が前に言っていた気がする
その言葉がまた脳の中心に浮かぶ
考え直してません、ぜっんぜん!
と心の中で何度も否定しながら
あたしはホットコーヒーを飲み干す
気分転換にアプリを開くと
彼のAI代行アカからストーリー更新の通知
押した瞬間わずか数秒で消える
画面の端に黒い影のようなものが見えた
姿は分からない
でも後姿の雰囲気は彼を思わせた
またバグかな?
いや、バグってるのはあたし?
あたしはため息をついて笑う
これは挑発じゃない
挑発だなんて思ってはいけない
システムの誤作動、それだけ
そう言い聞かせても
脳は“再攻”の読み筋を立て始める
あれは、次の一手なのか
ただのノイズか
深読みのしすぎか
分かってる
あたしは今、恋の再考をしている
そして、それが最高に楽しい
カフェを出ると
早足の人混みに巻き込まれ
肩が軽くぶつかった
謝ろうと振り返った瞬間
すれ違った男性のふとした手の角度に
既視感を覚える
ものを受け渡す時
小指を少し立てるあの癖に似ている
胸が跳ねる
振り返るけれど
人波に紛れて姿が分からない
……勘違いだよね
偶然、それだけ
そう自分に言い聞かせながら
スマホを開く
予約フォームを確認する
満枠
全日程埋まっている
外注先の状況に
どうして胸がざわつくのか
理由を探そうとして、やめた
脳が“再考”を始めた瞬間
心は“最高”のほうを
選びたがるものなのかもしれない
そして
ほんの少しだけ攻め筋を考えてしまう
再攻の手
ただの勘違い
ただの偶然
ただの外注
そう分類しようとしても
今日の街はあまりに彼の手筋に似すぎていた
この揺れが何に繋がるのか
まだ分からない
けれど
このときのあたしはまさかその答えを
数日後にはっきり理解することになるなんて
思いもしなかった
次回
「チェックメイト」に
つづく