第1話
ラブ案件
12月の街が華やいでいくほど
あたしの心は逆に無風だった
光も音もニオイも
仕事脳にはノイズでしかない
今年も例外なく
案件と締切が年末の渋滞をつくり
チャットとメールの通知が鳴りっぱなしの毎日
恋?
そんなものは隙間時間の外注で十分
マッチングアプリの一見さんで
必要なぶんだけ満たせばいい
感情コストは可視化できないし
成果指標もブレブレ
投下する価値が薄い
……と、自分では思ってる
いや、思い込みたいだけかもしれない
数ヵ月前
たった一人だけその理屈を揺らした相手がいた
「出張ホスト」みたいなものなんだけど
彼はその枠に収まらない
電話は不可
スケジュールは非公開
SNSはAIが代行で運用
人に会う仕事なのに
存在だけは雲みたいに掴めない
でも会えば話し方や仕草の癖を拾って
こちらの意図を何手も先まで読む
恋愛を“戦略”で語るタイプの男
まるで心理戦のチェスをしてるみたいだった
あたしがわざと軽い返事で逃がすと
彼は少し笑って
“その言い換えは照れ隠しでしょ”
と刺してくる
してやられたと思いながら
その読み合いが妙に楽しかった
勝ち負けじゃなく、読み合いそのものが快楽で
あたしはそのゲーム性にどっぷりハマっていた
けれど仕事が軌道に乗り始めた頃
自然と会わなくなった
忙しさのせいにしたけど
本当はあの読み合いが
心の奥に残り続けるのが怖かった
外注
クローズ
終了
そう分類して
棚の奥に押し込んだはずだったのに
今日コンビニ帰りにスマホを開いて
見えてしまった
彼のAI代行アカウントが
“年末予約、残枠わずか”
と淡々と告げている
注視するつもりはなかった
ただの視界の流れのはずだったのに
胸の奥がなぜか少しざわついた
画面を閉じようとした瞬間
DMリクエスト通知が一瞬だけ点灯し
すぐ消えた
バグ?
そう考えるのが正解だろう
でも、読み合いの癖が染みついた脳は
“これは布石?”
と勝手に構える
いや違う
考えすぎ
ただのシステムの揺れ
外注のログが揺れた程度
と言い聞かせながら
あたしは気づけば予約フォームを開いていた
押してない
まだ押してない
ただ確認してるだけ
「外注先の動向チェック、それだけ」
と声に出してみる
その声が少しだけ震えていたのは
気のせいにした
帰宅して、温かいシャワーを浴び
ようやく気持ちが静まる
ふと彼が昔言っていた“気がする”言葉が
思い出の底から浮かんでくる
“気になってるときに気づけない人ほど
一番深く落ちてるんだよ”
ほんと余計なこと言うよね、あの人
ベッドに入りスマホを裏返しにして
画面を見ないようにする
寝返りを打つたび
胸の奥がわずかにざわつき
理由を考え始めてしまう
恋じゃない
これはただの趣味思考
あたしは戦略の揺れに酔ってるだけ
そんな言い訳を無限に繰り返しながら
そっと目を閉じた
この夜のざわつきが
のちにどんな初手を生むのか
あたしはまだ何ひとつ知らなかった
次回
「サイコーの恋」に
つづく