嘘が許される一日。
この日だけは、
少しくらい現実を歪めてもいい。
そんな空気が、どこかに漂っている。
目を輝かせて嘘をつく人。
自信ありげに言い切る人。
仕掛けるタイミングを計る人。
そこに、
いつもの躊躇いはない。
本来なら、
言葉にはどこか責任がつきまとう。
少しでも現実から逸れれば、
胸の奥で何かが引っかかる。
でもこの日は、それがない。
嘘をついても、
笑って許される。
むしろ、そのほうが場が和む。
なんて軽やかな一日なんだろう。
罪悪感が外れた瞬間、
人はこんなにも簡単に
現実を書き換えられる。
では、
普段の自分はどうだろうか。
本当に、
すべてを真実のままに語れているのか。
都合のいい解釈。
やわらかく加工された言葉。
誰かを傷つけないための表現。
それらはすべて、
嘘ではないのかもしれないし、
真実でもないのかもしれない。
ただ、罪悪感から逃げているだけなのか。
嘘が美しく扱われる日。
その影で、
真実は少しだけ身を潜める。
けれど、
この日を過ぎても、
真実がはっきりと姿を現すことはない。
むしろ、
どこにもなかったかのように、
曖昧なまま残り続ける。
罪悪感を手放せば、
人は自由になる。
でもその先で、
真実に近づいているのか、
それとも遠ざかっているのか。
ひょっとしたら、
自由になった嘘は、
いつしか真実に近づいていくのかもしれない。