『洗心』

『洗心』

汗を流そうとは言う。
でも、涙を流そうとはあまり言わない。

どちらも、
体の内側から出てくるものなのに。

汗は、すっきりする。
それをリフレッシュと呼ぶ。
涙は、少し違う。

流れたあと、
何かが静かに整っている。

洗い流されるというより、
内側が澄んでいく感覚。

不思議なことに、
涙が落ちる瞬間、
時間の境目が曖昧になる。

過去と、
今と、
これから。

その区別が、ふとほどけて、
ただ、感じている自分だけが残る。

悲しくて泣くのか。
嬉しくて泣くのか。

昔、
ある人が言っていた。

「悔し涙じゃなく、嬉し涙を流せ」と。

その言葉の意味を、
ずっと考えていた気がする。

でも今は、
どちらでもいいと思っている。

きっかけは、何でもいい。

涙が出るということは、
ちゃんと感じている証拠だから。

大人になると、
感情は「うまく」処理されていく。

表に出さずに、
なかったことにすることも増える。

だからこそ、
ふとこぼれた涙は、
どこかで止まっていたものが
動き出した合図なのかもしれない。

一度、立ち止まる。

そのとき、
自分は何を感じているのか。

言葉にしなくてもいい。
ただ確かめるだけでいい。

涙は、
弱さの象徴じゃなく、
自分の内側を整える時間なのかもしれない。

そのとき、お寺で何気なく見かけた
「洗心」という言葉が、
静かに重なった。