『水路』

『水路』

言葉は、
誰かに届くことを前提に使われる。

伝えるために選び、
誤解されないように
どこかで形を整えてから外に出す。

日記でさえ、
どこかに視線を感じている。

誰に読まれるかわからなくても、
でもどこかで
「見られるかもしれない自分」を意識している。

だから、
本音のすべてが
そのまま置かれているわけじゃない。

言葉にした時点で、
少しだけ削られ、
少しだけ整えられている。

では、
誰にも見せない言葉があってもいいのか。

たぶん、必要なんだと思う。

誰にも渡さない文章。
誰にも説明しない感情。
そのままの形で置いておく言葉。

人は、
外へ流すことだけで
保たれているわけじゃない。

内側でも、
何かを流し続けている。

溜め込めば、
どこかで淀む。

循環には、
目に見えない排水がいる。

体裁だけ整えても、
どこかで満たされない自分がいる。

誰にも見せない水路を、
ひとつ持っておく。

それだけで、
水は少しずつ澄んでいく。