夜風が冷たい帰途、カットソーの両袖をぐるぐると振りながら歩いていた。服の内に肘を引っ込め、それにより袖を余らせて手を隠すわけだが、つまり、これができるということは手ぶらであるということである。
手ぶらなわけがなかった。一日出かけていたのだから。バッグを持って家を出て、途中からはショッパーも増えた。手にはその二つの重みがあるはずだった。袖口を回している、この幼稚な男が別人でない限りは。
電車の網棚に置き忘れたことが明らかだったので、すぐさま踵を返した。袖の代わりに腕を振った。降車駅が終点だったことは不幸中の幸いだが、該当する車両はすでに回送列車として隣駅へ発ってしまっていた。
ひとまず電話で内容物の確認・照合を済ませ、自転車で隣駅へ向かう。網棚に私物を忘れたのは、学生時代に財布の入った鞄を逗子まで運ばれて以来のことだ。以後、電車にだけは忘れ物しないと固く誓ったのに……
自転車に乗っていては袖を振れない。引っ込めていた手は今やグリップを握り、風は先ほどよりも鋭い。月は新月付近なのか隠れている。もしかしたら僕の認知機能と月の欠け具合は連動しているのかもしれない。
荷物はどちらも無事だった。ご迷惑をおかけしましたと、終業間際の駅員の仕事を増やしてしまったことに心から謝罪する。でも、早く気づけてよかった。袖を回すほど上機嫌になれた、そんな一日でよかった。
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人前ではやりませんよ。大人ですから。
FIRST CLASS 皆川 律