今日は、「言葉が通じないからこそ、深くつながれる」という感覚についてお話ししたいと思います。
人間社会で生きていると、忖度したり、ちょっとした嘘をついたり、「嘘も方便」で立ち回らなければいけない場面が少なくありません。言葉は便利ですが、器用に使おうとするほど、かえって本音が見えにくくなる気がします。
そんなとき、ふと思い出すのが、幼い頃に実家で飼っていたシェルティのことです。
犬には言葉が通じません。だからこそ、自分をよく見せようと取り繕うことも、駆け引きもありませんでした。いたずらがバレて目を逸らすことはあっても、それは誰かを騙そうとしているわけではなく、ただその場を一生懸命にやり過ごそうとしているだけ。
言葉がなくても、じっと見つめ合っているだけで「あ、いま通じたな」と思えたあの瞬間。演じることのない、あのまっすぐな瞳がとても好きでした。
人とも、あんなふうに向き合えたらいいなと思うことがあります。
器用な言葉に頼らず、飾らず、ただ目の前の人とまっすぐに心で向き合う。そんな時間を大切にできる人でありたい。
そう気づかせてくれる彼らを、いつかまた家族として迎えられたらと思っています。
何をすべきか、こちらをじっと見つめてくる賢いボーダーコリー?
何も言わなくてもすべてを受け止めてくれるような、優しいゴールデンレトリバー?
次はどんな「言葉のいらない時間」を彼らと紡いでいけるのか。今から楽しみです。
FIRST CLASS
瀬戸 かなた