夜が深くなるほど、
頭の中のおしゃべりは賑やかになる。
「こうしなきゃ」
「こう見られたい」
「もっと上手くできるはず」
義務、願望、課題。
誰に向けて話しているのかも分からないまま、
結局は自分に向かって
自分が言葉を投げ続ける。
その声が、自分の世界の輪郭を決めている。
同じ言葉を、同じ順序で、同じ調子で。
それを繰り返す限り、
選ぶ道も、惹かれる人も、
感じる不安も、たぶん変わらない。
そんなとき、
解釈をやめてみる。
名前をつけない。
意味を与えない。
ただ、目の前の手触りを
そのまま受け取る。
バ〇ナを「バナ〇」と呼ばない朝。
景色を「いつもの」と括らない昼。
時間を「足りない」と測らない夜。
言葉を外した世界には、
少しだけ生々しさが残る。
曖昧な憂鬱は、
新しい感覚が生まれる直前の
静かな前触れなのかもしれない。
たまにはその曖昧さの中に、
身を沈めてみようじゃないか。