『残像』

『残像』

夕暮れに向かう風が、
少しだけ冷たさを含みはじめる。

久しぶりに踏む歩道。
見上げた空は思ったより広く、
都会の密度とは違う、
呼吸できる余白を残していた。

生まれ変わった建物。
磨かれた外壁。
反射する光。

けれど胸の奥では、
古い壁のざらつきがまだ生きている。
記憶の方が、現実より手触りを持つ。
時間は過ぎても、感触だけは消えない。

通りに面した小さな喫茶店。
店内の奥にひっそりと身構えるマスターが
静かに珈琲を淹れる。
若い声と異国の言葉が交わり、
雑多さだけは昔のままだ。

もし、
あの頃ここに座っていたら。
まだ何者でもない自分は、
どんな未来を信じていただろう。

過去は語らない。
ただ、新しい景色に触れた瞬間、
背後に立って、
静かに息をする。

人は前へ進む。
それでも背中には、
確かに残り続ける影がある。

それを、残像と呼ぶのだろう。

今日はただ、
その影と並んで歩いた。

過去と今が、
すれ違う音がした。